池尻琇香/書家

いけじりしゅうこう/書家。1956年生まれ。製作した書道の初心者用テキスト「あなたにも書ける美しい筆文字」、45度の術「こめじくん」シリーズ(枠入下敷、半紙)販売中。
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59歳で書家になった、私の伯母。

 「ここが私の書道部屋」
 そう言って通されたのは、伯母が祖母と住む日本家屋の一室。ほのかな墨の香りに懐かしさを感じた。物心ついた時から“先生”というイメージであった伯母。定時制高校や特別支援学校に、教員として勤めた。
 よく学校でのさまざまな体験や生徒たちの話を聞かせてくれていた。そんな伯母が、数年ほど前から「書家」になったと聞いたのは2年前のこと。中国古来から云われる書家の定義とは、「漢詩が詠(よ)める」「書が書ける」「画(え)が描ける」「印が彫れる」こと。現在は本場中国でも日本でも、それぞれ分業制になってきたようだ。
 伯母は、そのすべてに日々取り組んでいる。楷書が400字ほど書かれた、壁に掛かった作品について、こう説明してくれた。
 「これは4時間くらい。書き始めたらご飯も忘れて書くよ。途中で止めたら墨の濃さも変わるしね」

3年間、2ヶ月に1度の上海通い
 伯母は全力で33年間教員を続け、身体を壊した。昔から何事にもまっすぐ向き合い、はっきりとものを言うタイプだ。安静を求められる中、時間を無駄にしたくないとカルチャースクールのチラシを見て、通い始めたのが書家、田中蘆雪さんの書道教室だった。この出会いを皮切りに、伯母の運命は変わっていった。書に関心を抱きつつも、体は教職に復帰することが難しいまでに悲鳴を上げていた。
 教員退職の前月、福山大学孔子学院で行われた2日間の水墨画講座を受けた。このとき出会った講師が、後に教えを受ける、上海師範大学の張信教授だったという。
 「上海の書道界トップである張先生に『よければ私のところに勉強に来ませんか?』と言ってもらって。作品を評価されたというより、相性が合うと感じてくれたみたいじゃね。退職のタイミングでもあったし、その場で『行きます』って返事したんよ。今思えば無謀だったね(笑)」
 2ヶ月に1度のペースで上海に通い、張教授からマンツーマンのレッスンを受けたのだという。話せなかった中国語も必死で勉強した。それから3年間が過ぎ、ようやく師範となる許可を得て、書家「池尻琇香」が誕生したというわけだ。59歳だった。

「商売には向いとらんのんよ」
 晴れて書家になった伯母は、張教授が編集した中国の小学生用書道教科書を、著作権契約を結び日本人向けに出版した。
 筆先の運び方が分かりやすく記され、日本にはこれまでなかった「米字枠」は、角度や長さの目安となり文字のバランスが取りやすいのが特徴だ。「せめてのし袋や自分の住所・名前を小筆できれいに書きたい!」という大人たちの意見も多く、独学の参考になるものを作りたかったという。
 また、「小学校の書道授業指導で、書道経験のある教員は少ないの。だから、この本を小学校の先生たちの研修で使ってほしいと思ってるんよ」と、教育への思いは違った形で残り続けている。
 張教授の指導は一区切りついたが、上海の国際書道コンクールへ日本人学生の出品依頼を受けるなど、中国と福山市との橋渡し役も担う。
 体を壊し、職を退いたとは思えないほど精力的に活動する伯母は、「作品を売るよりも、『自分の家のここに、こんな文字を飾りたい』と依頼してくれる方のために、書きたいと思ってるんよ。原価や労力をお金に置き換えるのが下手! 商売には向いとらんのんよ」と笑う。(文=前原尚美)

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