掛谷康樹/惣堂窯

15年ぶりに会った先生の焼き物。

高校3年生の時、選択科目で1年間だけ陶芸の授業があった。15年前の話だ。その時教えてもらっていた先生が、話やすくてまぁまぁ好きだった。
つい最近、雑誌「&premium」で先生の作品が取り上げられていることを知った。先生が活躍してることが、うれしかった。僕ももう、先生が教えてくれていた頃と同じくらいの年齢になった。「よお来たの」。久しぶりに会った先生は、あの頃のままの言い方で迎えてくれた。

ーー色や形がおもしろいですね。
掛谷:この技法は色が違う粘土を張り合わせて、石膏の型に落とし込んで作る成型方法。効率も悪いし、焼いたら形も歪んだりしてキレイに作りにくい。でも人がやってないからいいなと思ってやっています。陶芸を本格的にはじめたのが28歳の時だったんだけど、スタートが遅くても人がやってない技法なら対等にできるかなと思って始めました。

ーーきっかけがあったんですか?
掛谷:倉敷のある工芸店のおばちゃんが、「あなたの技法で、民芸的な様式のものを作ってみて」って言ってきて、一回作ってみたんだよ。そしたらおばちゃんの店ですごく評価されるようになった。しばらくはそのおばちゃんが言うように作っていたんだけど、どんどん世の中に、民芸の中では手間のかかる食器という事で紹介されるようになって。そのうちコーナーも任されるようになって、そこで展示会をするようになって。

ーーなんて店なんですか?
掛谷:50年くらい前からある古いお店で、「融(とおる)民芸店」。民芸品というのは生活の中の基本的な暮らしの道具だから、あまり時間をかけて凝った作りをしたりすると、値段も張るし普段なかなか使ってもらえない。だけどおれのは手間がかかる。だからできるだけそぎ落として、シンプルに挟み込んだり、成形することで値段をおさえて、食器として成立するようにしている。民芸のジャンルの中でも生計が立てられるようにしてるんだよ。ちょっと割高ではあるんだけど、決して手の出せない価格帯ではなくてみんなに使ってもらえるように。

ーー民芸ってなんですか?
掛谷:君たちと一緒に授業をさせてもらってる時は、民芸の事はあまり詳しく知らなくて、観賞するような作品を作ることで、社会的評価を上げれば生計を立てれると思っていた。でもその後、倉敷に陶芸を教えに行くようになって、倉敷は民芸の聖地と呼ばれていることを知ったんだよ。作家でもすごく謙虚で、何十万もするものを作るわけではなく普通にお金を出せば買えて、使ってみるとかっこいい。そんなものづくりをしてる人たちと出会い、そうなりたいと思ったんだ。
だからおれは、民芸の考え方に影響を受けている個人作家なんだよね。師弟関係を結んでいる人もいないし、成型方法とか形とか目指しているものが極めて民芸的な美しさに近いんで、そういうジャンルとして取り上げてもらってる。民芸をやってる人は師弟関係を結んで、弟子になって修行してたりとか、窯元の息子だとかいう人ばかりだから、民芸のくくりの中ではおれは異端児なんだな。

ーー模様はどう考えるんですか?
掛谷:模様は頭で考えるものではないんだよ。粘土を重ね合わせて切ったり、曲げたり、押したりすることでたまたまできる断面がある。そこをそのまま切り取ってデザインにしてる。作為的にするのではなくて、偶然生まれた模様の中で使いたい、かっこいいなと思った断面を、材料として作るわけ。最初は、頭で考えてた。でも、それより自然に生まれる模様の方がかっこいいと気付いたんだよ。例えば木の木目は自然の模様だけどキレイじゃん。それを自分のお皿やお椀に持ち込めば、かっこよくなるんじゃないかなって。民芸の世界を知ることで気付いたんだよ。(文=崎新谷謙)


かけややすき/1969年福山生まれ。1988年福山市立高校を卒業し玉川大学へ。その後デザイン会社に勤め、1998年惣堂窯を設立。1999年福山にて初個展。2006年より日本民藝館展初出品。

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