吉川泰正/福山八幡宮

よしかわやすまさ/福山八幡宮禰宜。1979年生まれ。國學院大學卒業後、太宰府天満宮に5年間奉職の後福山八幡宮の禰宜として今に至る。

神道は仏教と違って、死んだら終わりです。

——そもそも、神社とお寺の違いが分からない人も多いかと思います。
吉川:大きくは宗教の違いですね。神社は神道で、お寺は仏教です。大晦日に除夜の鐘をつくのはお寺に行き、お正月の初詣は神社に行くでしょう? お盆はお寺さんに来てもらい、お祭りの神輿は神社から出ています。

——確かに。意識したことなかったけど、そうですね。
吉川:日本って、宗教においてはかなり異常なんですよ。年末年始の1週間だけみても、クリスマスを祝い、除夜の鐘をつき、初詣に行く。すでに3つの宗教を取り入れています。それがいけないことではないですけどね。「自然崇拝」というものは万国共通。それが日本風にアレンジされて、こんな現状が残っているというだけで。

——生き物、物質すべてに霊があるということですか?
吉川:昔から、雨が降らなければ空に雨乞いをしたり、すべてのものに霊があると信じられていますよね。神道は日本の宗教ですが、説明書がないんですよ。生き物を、ご先祖様を大切に、森には神がいる、太陽をありがたく拝む。身だしなみをきちんとする、など、ごく自然なことなんです。

——言霊もですか?
吉川:そう、結婚式で「ちぎれる」「終わる」「落ちる」などの言葉を使わないというのもそこからきていますよね。言葉には霊が宿っているから、言うことによって本当にそうなってしまわないように。

——神道も仏教も意識はしていなかったですけど、神社でもお寺でも手を合わせる時は神聖な時間です。
吉川:それでいいんですよ。その時間は、難しいことや作法ができなくとも、神様の前で自分と向き合うという時間でいいんです。

——仏教は教科書でざっとは習いましたが、神道は無知に近いです。
吉川:神道の起源は仏教よりも歴史は長いですが、神道と仏教の違いは「死に対する考え方」でもありますね。死んでもまた生まれ変わるという「輪廻転生(りんねてんしょう)は仏教の考え。お寺にはお墓が付随してます。神社にはありません。神道は仏教とは違って、死んだら終わりです。命を繰り返すではなく、お空から子孫を見守るという考えです。
 まぁでも日本の仏教だって、本来の仏教から随分アレンジされている部分もあるんですよ。私たちが生きているこの島国である日本の、風土、国土というのもありますね。恵まれた自然の中に生きていられる。そして、それが前向きなものになり日本ナイズされているんですよ。
——日本ナイズ!よく分からないと思っていた宗教を、身近に感じられますね。
吉川:神社に関して言うと、昔から変わらないことは「森とセットである」、ということ。みなさんの日常に寄り添えるように、最近ではライブなどの芸能を神様が喜んでくれたらとイベントを催したりもしますが、おじいさんと孫が見る神社の景色は変わってはいけないんです。大体大きな木があったりするでしょう、神社には。神聖な森に囲まれて、神社があるというのは変わってはいけないんです。

——足を踏み入れるだけで、その空気は感じます。
吉川:僕ね、世界中が神道なら、喧嘩は起きないんじゃないかなとすら思うんです。宗教が原因で、命を落とすような争いが今も絶えないですよね。道徳の根本や、他に対する融和性、共存の教えがここにはある。これは日本の宗教ならです。まぁ、難しい話はおいて、気楽に、自分自身と向き合う時間を持ちにいらして下さい。

——はい。変わらないものと変わるもの。今日のお話にも多くの教えがありました。
吉川:昔の神社がもともとそういう役目であったように、コミュニティの中心の場に神社がなれるように私たちも頑張ります。(文=井口絵海)

福山八幡宮
古くから福山の街を見守るお宮として現在の福山城の土地にあったが、その後お城の造営により場所を移した。1683年から現在の場所に鎮座。1969年福山八幡宮となる。

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